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コイン業界ニュース・コラム PCGS世界紀行:アメリカのコインが刻印され日本のコインになっていたとき ~日米修好通商条約~

『PCGS Around the World: When a United States Coin Becomes Japanese』
https://www.pcgs.com/news/when-a-united-states-coin-becomes-japanese

PCGS世界紀行:アメリカのコインが日本のコインになるとき

時々、鑑定士として驚愕するようなコインを目にすることがあります。

昨年8月、PCGS香港オフィスに寄せられた鑑定依頼の中に、経済(Economy)ティアで提出されたアメリカの1858年サンフランシスコ造幣局鋳造「リバティ・シーテッド・ハーフダラー」がありました。

その提出者は、おそらくそのコインの本当の価値を知らなかったのでしょう。しかし、それも無理のないことで、このコインは非常に珍しく、知る人ぞ知る存在です。それでも、これは驚くべき歴史の一片なのです。

〇1858年の日米修好通商条約と外国貨幣の流通
1858年、マシュー・ペリー提督による日本開国の流れを受けて、「日米修好通商条約」が締結されました。この条約は7月29日に江戸(現在の東京)で調印され、日本国内の5つの港がアメリカとの貿易のために開かれることになりました。

この条約の第5条では、

「アメリカ人と日本人は、互いに自由に外国貨幣を支払いに使用できる」
「すべての外国貨幣は日本国内で通用し、同種の日本貨幣と同じ重量に相当する価値を持つものとする」
と定められていました。

その結果、開港地の一つである函館港では、持ち込まれた外国貨幣の重量を測定し、日本の貨幣制度における相当価値を刻印する処置が行われました。この慣行は短期間で廃止されましたが、現存する刻印入りコインは非常に希少であり、ロシア、フランス、メキシコ、そしてアメリカのコインにこの刻印が確認されています。

〇函館で刻印された1858年アメリカのハーフダラー
PCGS香港オフィスに持ち込まれたコインは、1858年にサンフランシスコ造幣局で鋳造されたハーフダラーであり、8月以降に函館港へ運ばれたと考えられます。このコインは日本国内で使用されるため、「3.32匁(もんめ)」という新たな日本の単位が刻印されました。

このような函館港で刻印されたアメリカのハーフダラーは、これまでに5枚しか確認されていません。

特に、このコインは刻印後に実際の流通に回らなかったようで、非常に良好な保存状態を保っていました。そのため、PCGSはこのコインをMS63(Mint State 63)のグレードで認定しました。

〇驚くべき価値の発見
このコインは、元々は「Economy」ティア(上限$300の鑑定枠)で提出されました。しかし、適切なオークションに出品すれば$10,000(約150万円)以上の価値がつく可能性が高いとされています。

(なお、PCGSでは提出されたコインの価値に応じて適切な鑑定料へと調整する仕組みを採用しています。)

このように、アメリカのコインが日本で独自の歴史を刻み、今なおコレクターズアイテムとして驚異的な価値を持つ例は、非常に興味深いものです。

・1858年の日米修好通商条約により、外国貨幣が日本国内で公式に使用可能になった。
・函館港では外国貨幣の重量を測定し、日本の貨幣単位(匁)で刻印する処理が行われたが、実用性の問題から短期間で廃止された。
・函館港で刻印されたアメリカの1858年サンフランシスコ鋳造ハーフダラーは、現在までに5枚しか確認されていない。
・PCGS香港オフィスに提出されたコインは、実際には流通せず保存状態が非常に良かったため、MS63の評価を受けた。
・このコインはオークションで$10,000以上の価値を持つ可能性がある。

このような歴史的背景を持つコインの発見は、コレクターだけでなく歴史愛好家にとっても非常に興味深い事例といえます。