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PCGS社コラム ホーリー・ダラー(穴あきドル)

『PCGS Abroad: A Holy Dollar』
https://www.pcgs.com/news/pcgs-abroad-oct25

『PCGS Abroad: ホーリー・ダラー(穴あきドル)』

開拓初期の植民地として、オーストラリアは深刻な問題に直面していました。それは貨幣、特に商取引に使える硬貨の不足です。植民地の人々は、外国のコインや物々交換を使って取引を行っていました。植民地政府は、外国貨幣の評価やラム酒の物々交換を禁止しようと試みましたが、いずれも失敗しました。

状況が変わったのは1812年のことです。ニューサウスウェールズ州総督ラクリン・マッコーリーのもとへ、東インド会社の船HMSサマラン号によって、4万枚のスペイン銀貨「8レアル」が送られてきました。このコインが、植民地の貨幣需要を満たすために利用されることになりました。

ニューサウスウェールズ州は、他の多くの植民地と同様に、コインが域外に流出することを防ぐという課題を抱えていました。カリブ海地域と同じように、スペイン・ドルに切込みと刻印を施すことで、コインが域外に出るのを防ごうとしました。

この作業を任されたのは、ウィリアム・ヘンシャルという有罪判決を受けた偽造犯でした。彼は4万枚のコインの中心部を切り抜き、その「外側の輪(ホーリー・ダラー)」には、表面に「New South Wales 1813」、裏面に「Five Shillings」と刻印しました。一方、切り抜かれた中心部(ダンプと呼ばれる)にも、表面に王冠と「New South Wales 1813」、裏面に「Fifteen Pence」を刻印しました。

両者の合計額は6シリング3ペンスで、元の8レアル銀貨の価値より25%高く設定されていました。この価値差により、コインを輸出して利益を得るインセンティブがなくなり、貨幣を国内に留めることに成功しました。

コインの加工には1年以上を要し、最終的な製造枚数はホーリー・ダラーとダンプ合わせて39,910枚でした。1813年7月1日の布告により、これらはニューサウスウェールズで法定通貨となり、オーストラリア初の自国発行硬貨となりました。これらのコインは植民地の経済を支えるのに成功しましたが、1822年になるとイギリスからの貨幣流入が増え、ホーリー・ダラーとダンプは政府により回収され始めました。1829年には正式に通用停止(廃貨)となり、大部分が回収・溶解されたと考えられています。

現在、現存しているのは約350枚のホーリー・ダラーと1,500枚のダンプと推定されています。2025年初め、そのうちの1枚が香港のPCGSオフィスに提出されました。スペイン8レアルはインドのマドラスから来たため、さまざまな造幣局・年号のものが混ざっており、それぞれの「元コイン」の種類によって希少性が異なります。今回のコインは、メキシコシティ造幣局で1789年に発行されたカルロス4世の8レアルがベースでした。2011年以降、この同じタイプのホストコインを持つホーリー・ダラーは過去のオークション記録上、わずか2例しか確認されていません。

PCGSはこのコインを鑑定し、本体部分はVG08、刻印部分はVF(詳細)相当と評価しました。状態にかかわらず非常に珍重されるこのコインは、今回の香港エクスプレス提出品の目玉となり、今後はPCGSによって保護されることになりました。